医師 vs 歯科医師(2) (歯科医師は歯だけを診ればよい?)

(前回から続く http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/09/15/220004)    

 現在は、歯科医師の身分が安定し、供給過剰によって歯科医師の社会的地位や収入などが低下していることもあり、医師にとって歯科医師の存在は眼中にないが、多少の対立は続いている。平成になってからも、「歯科口腔外科」の標榜科の対立があった。標榜科とは、病院や診療所が外部に広告できる診療科名のことである。口腔外科とは抜歯など口腔内の外科手術を専門に行う診療科だが、「口腔」の範囲に関して医師(特に耳鼻科医と形成外科医)と非常に揉めたのである。口の中の構造すべてを「口腔」としたい歯科医師と、「口腔」の範囲をできる限り狭めたい医師の対立である。昭和7年の歯科医師法第4次改正で、歯学部や医学部の付属病院では「口腔外科」の標榜が認められたが、一般の歯科医院での標榜は平成に入っても認められていなかった。平成8年の厚生省(現厚生労働省)の「歯科口腔外科に関する検討会」で、「口腔」の範囲を歯科医師がぎりぎり許容できる範囲まで狭めて、医師との折り合いをつけた。この会議は非常に紛糾した。歯科口腔外科を標榜することによって既得権益を犯されること恐れた医師の抵抗は尋常ではなく、歯科医師に対する恫喝はすごかった。怒声が飛び交った。医師は、耳下腺(頬の内側にある唾液腺で、さらさらした唾液を頬部の粘膜にある開口部から出している)や軟口蓋(上顎の奥の部位)さらには舌根部(舌の後ろ約1/)を口腔ではないと主張した。口腔ではないのでこれらの部位を歯科医師が外科手術を行うことはできないとしたのである。しかし、この主張には無理がある。解剖学的にも生理学的にも「口腔」は軟口蓋・舌根部・耳下腺を含む。さらに医師は、口腔内に発生した癌や口腔から顔面に及ぶ先天性異常も歯科医行為の範囲ではないと主張した。しかし、歯科医師はこれらの領域については医師よりも詳しく学んでいる。結局、標榜診療科としての歯科口腔外科の診療領域の対象に軟口蓋は含まれたが、舌根部と耳下腺は除外された。そして、歯科口腔外科の診療の対象は口腔における歯科疾患が対象で、悪性腫瘍の治療、口腔領域以外の組織を用いた口腔の部分への移植、その他、治療上全身的管理を要する患者の治療に当たっては、治療に当たる歯科医師は適切に医師と連携をとる必要がある、と釘を刺された形でとりまとめられた。つまり、医師の言い分は、すべての外科手術は医療行為なので、医師ではない歯科医師が行ってはいけない、歯科医師は歯だけいじっていればよいというわけだ。

 看護師や薬剤師などの他の医療系職種に比べて、医師の歯科医師いじめは異常である。歯科医師が医師のテリトリーを犯しているからという理由だけではない。まず、一般社会で歯科医師が医師の範疇に入るのが我慢ならない、医師は頭が良く誰からも尊敬される名誉と権威のある職業なので、このような特権階級は世の中ではなるべく少ない方が良い。看護師や薬剤師などは医師の指示のもとで仕事をするので、医師が上で看護師らは下という上下関係が自然と成り立っている。医師の名誉を脅かすことはない。それに対して、歯科医師は日常の診療に医師の指示は必要なく、医師と同じく診療所を開設し治療を行うことができる。医師の収入を上回っていた時代もある。医療系職種の中で、医師の特権を脅かす唯一の職種なのである。しかも、歯科医師過剰の現状は医師の将来を映す鏡かもしれない。気になるけれども気にくわない存在が歯科医師である。