ハラスメント対策を行わない医学部

 以前にも書いたが、医学部はハラスメントが多い。そして、それがまかり通る組織だ。私の大学ではハラスメントがまともに解決された事例は1例もなく、被害者が相談してもそのまま放置するか、調査委員会が開催されてもなぜか「ハラスメントはなかった」ことになってしまう。加害者は大概が教授である。

 以前は医学部の講座の構成員はほとんどが医師であった。臨床系のみならず基礎系の講座もだ。ハラスメントを受けたら大学を辞めればよかった。医師であるから良い就職先はいくらでもある。最近は講座の構成員は女性や非医師が多くなり、ハラスメントの対象が広がってきている。「教授は何をやっても良い」という時代ではなくなったにも関わらず、教授の意識は以前のままである。

 2014年3月20日に全国医学部長病院長会議が、初めて実施した医学部・医学科 と大学病院におけるパワーハラスメントに関する調査の結果を公表した。

 過去5年間で「パワハラ」と認定された件数は、医学部・医学科では116件、大学病院では156件だった。相談件数はその約5倍ある状況で、調査を担当したアドホック委員長の當瀬規嗣氏(札幌医科大学医学部長 )は、「予想以上に多かった」と述べた上で、パワハラの規定や定義がない機関があることから、「パワハラの問題が全国に行き渡っていなかったり、アカデミックハラスメントパワハラをどう分けるかの理解にも問題があるのではないか」として、同会議で対策を検討する必要性を述べた。

 調査は、医学部・医学科や大学病院において、人手不足などを原因として、勤務する医療者に負担が発生し、パワハラ発生を防ぐなどの目的で実施。実施時期は2013年12月で、全国の医学部長と医学部附属病院長、合計160人に対して実施し、全員から回答を得た。

 過去5年間のパワハラの相談件数は、医学部・医学科で420件、大学病院で989件。各機関に実際の対応を求めた申立件数は、医学部・医学科で241件、大学病院で260件となった。厚生労働省パワハラの6類型に基づく分類で認定された事案を見ると、「精神的攻撃」(医学部・医学科110件、大学病院143件)が圧倒的に多く、次いで「個の侵害」(医学部・医学科14件、大学病院14件)、「人間関係からの切り離し」(医学部・医学科12件、大学病院10件)などとなった。當瀬氏は「パワハラは頻回に起こっているものではないという思い込みがあった」と想定よりも多かったとの認識を示した上で、今後、調査結果を、全国医学部長病院長会議の総会にかけて対策などを検討する方針を示した。(m3.com 2014年3月21日)

 パワハラアカハラの違いは明白であるが、そもそも分ける必要はない。教授などの上司・指導教官が研究・教育に関係する現場で、その力関係を利用して行うパワハラアカハラと呼ぶのである。例えば、教授がその権力を利用して「研究費を使わせない」など、大学院生や教員の研究を阻害するパワハラアカハラである。また、研究・教育に携わっていない事務員に退職を強要することはアカハラではなくパワハラということになる。

 過去5年間でパワハラと認定された件数が、日本全国の医学部・医学科でたったの116件、大学病院で156件とのこと。医学部・医学科または大学病院の一機関当たり、ハラスメントは5年間でたったの1.7件((116+156)/160)しか起こっていないという計算になる。医療系と事務系の常勤・非常勤職員を合わせると数百人~千人を超えるかもしれない機関で、どう考えてもこの数字はありえない。「予想以上に多かった」ではなく「予想以上にすごく少なかった」と認識すべきであろう。さらに、相談件数(420+989=1409件)、対応を求めた申立件数(241+260=501件)、ハラスメントの認定件数(116+156=272件)の解離が大きい。

 1409件の相談件数のうち対応を求めたのは501件。約2/3は相談だけで終わってしまったことになる。相談して気持ちが楽になった、あるいは適切なアドバイスをもらって解決した事例があるかもしれないが、「報復が怖い」「人に知られたくない」「相談員が不誠実であった」などの理由で二の足を踏んだ、あるいは退職した事例が多いのではないだろうか?相談もせずに泣き寝入りしているケースは相当に多いだろう。医学部の講座のハラスメントの加害者はほとんどが教授である。講座の中では教授に逆らうことできないので、退職例は多いと思われる。医師は就職先に困らない。看護師も同様だ。いやな職場で我慢することはないのだ。

 対応を求めた申立件数501件に対して、ハラスメントの認定件数は272件。残りの229件、つまり申し立ての半分弱は「ハラスメントはなかった」という訳である。このような理不尽な結果になる理由は二つある。一つは、ハラスメントの調査委員会は加害者側の言い分を信用することが多いことだ。加害者はもちろんハラスメントを否定する。被害者に証拠の提示が無ければ「ハラスメントはなかった」ことになるのである。しかし、ハラスメントの証拠など無いのが一般的である。大学病院ではなく大学について述べると、大学院生や教員は会社のように大部屋に居るわけではない。単独あるいは数名の個室、実験室の片隅に机がある場合もある。教授室はもちろん個室である。ハラスメントは巧妙に行われることが多く、教授室などに呼ばれて何を言われても証人はいないのである。加害者が教授の場合、調査委員会に証人として教室員が呼ばれても、教授と口裏あわせをしたり、嘘の証言をすることは間々ある。毎日録音テープを持ち歩かなければならないというのもしんどい。証拠があっても、「出来が悪いから」「指導の一環である」などど言い訳されて、結局、加害者の無罪が確定ということになる。

 「ハラスメントはなかった」ことになる理由の二つ目は調査委員会の委員長に弁護士が就任することだ。弁護士は報告書を書くことに長けているが、証拠第一主義である。そして、医学部の講座や特殊性を理解していないことが多い。

 「ハラスメントはなかった」とされた229件の救済処置はなされたのだろうか?医学部のことだから「嫌なら辞めてください」ということで、おそらく放置ではなかろうか?被害者に報復処置を行うこともあるだろう。医学部のそれぞれの講座は非常に専門性が高いので、一般の会社のように被害者の配置転換によって解決を図ることは不可能である。従って、被害者の気持ちを尊重して寄り添い、ハラスメントと認定されようとされまいと、解決に向かうように努力することが大学のハラスメント対策の基本である。裁判ではあるまいし「証拠がすべて」では被害者は救済されない。

 「ハラスメントを受けたら逃げればいい」という人がいるが、配置転換できない以上、「逃げる」とは「大学を辞める」ことである。もし大学院生ならば、研究を中途であきらめて高い授業料をドブに捨てることになる。「逃げればいい」という意見は無責任すぎるのだが、残念ながら医学部では適切な選択肢かもしれない。「泣き寝入りは損、裁判を起こすべき」という人もいる。最近はハラスメント裁判で被害者が勝訴する確率が高くなってきた。特に、暴言・暴力によるパワハラやセクハラはかなりいける。セクハラは証拠がなくても大丈夫だ。しかし、それ以外のハラスメントは勝率が低く、万が一勝っても慰謝料は低い。弁護士も引き受けてはくれない。アカハラは頻繁に起こっているのに、訴訟に至る例が少ない理由だ。

 結局、被害者は救済されない。だから、大学はハラスメントの防止に積極的に取り組むべきである。「ハラスメントに神経質になりすぎる。気を使いすぎると研究がやりにくくなる。」と嘆く教授が多いが、職位や社会的地位が高くなり権力を得るほどに、頭を垂れて自身の言動に気をつけなければならないのだ。これができなければ、そもそも大学に残ろうなどと考えてはいけない。

 医学部進学を志している人は希望する大学のホームページをチェックして欲しい。ハラスメント相談や対策が載っていない大学に進学してはいけない。また、ハラスメント相談窓口があっても、学内からしかアクセスできない大学や、ハラスメント相談や対策が1~2頁程度のPDFによる説明しか載せていない大学もダメだ。ハラスメント対策が形だけの大学である。オープンキャンパスで医学部を訪れる際には、校内にハラスメント対策のポスターが掲示してあるかどうかも必ずチェックしてほしい。ポスターが貼っていない大学は要注意である。

 ハラスメントに対する意識が低い大学は、間違いなく教授の権力が強く閉鎖的で男尊女卑である。誰でもハラスメントの被害者になり得るのである。重要な大学選択の基準のとして認識してほしいと思う。