医学部の教授になったのに辞めちゃう人たち

  医学部の教授なのに、定年を待たずに辞める人っているのだろうか?実は結構いるのです。一般の職場のように会社の業績不振によるリストラはないので、辞める理由は概ね次の4通りである。①病気による死亡あるいは療養のため。②何らかの理由で嫌になってしまった。③不正やハラスメントなどの事件を起こして、自主的に退職。④不正やハラスメントなどの事件を起こして、大学から解雇。

① 心身ともに丈夫な人が教授を目指すので、医学部の教授は非常に健康である。それでも在職中に死去する教授は、どの医学部でも10年に一人くらいの割合で存在する。40~60代の死因の第1位は悪性新生物(癌)なので、教授の死因もほとんどが癌である。男性の癌の死因の第1位は肺癌であるが、医師の喫煙率は極めて低く、教授のほとんどは非喫煙者なので、肺癌による死亡は稀である。病気療養のために退職する人はほとんどいないが、元東大教授で脳神経外科医であった若井晋氏は若年性アルツハイマーのために定年前に退職した。50代で現役の教授でアルツハイマー発症は非常に珍しい例である。周囲の者、特に教室員は大変だったのではないだろうか?(週刊医学界新聞「若年性アルツハイマー病とともに生きる」http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02814_01

 ② 医学部の教授なのに、嫌になってあるいは理由不明で辞める人がたまにいる。私の大学にも理由不明で辞めた教授がいた。

 鳥取大学病院救命救急センターの教授であった八木啓一氏は、2009年3月、救急医4人全員とともに一斉退職した。病院の待遇に対する抗議を込めての退職でもあった。八木啓一氏によると「救急設備効率性や院内の診療体制の問題、多忙な業務、その一方での2004年度の卒後臨床研修の必修化以降の人手不足など、実に様々な要因がある」という。教授までもが退職とは前代未聞と言える事態だが、労働環境は過酷であったようだ。八木氏はさらに「辞表を出してからも、これでよかったのかと後悔していました。けれど、12月は私自身4回当直したのですが、12月30日の深夜、交通外傷の患者が救急車で運ばれてきました。両側の気胸、肝破裂、骨盤の骨折などがあり、本当に重症の患者さんでしたが、一人で処置をしました。当院のX線CT室は2階にあります。1階にある救命救急センターから、看護師と2人で夜間の暗い廊下をストレッチャーで運んだ際は、さすがにむなしくなりました。処置開始は午前1時で、終わったのは午前5時。体力的にもつらく、救急医を育てるために、ここに来たけれど、この年齢になっても、真夜中、それも年末に一人で処置をしている。私は何をしているんだろうと、辞表を出してよかったと思いましたね。」と答えている。(m3.com 2009年2月10日) 

 昭和大学医学部胸部心臓血管外科の手取屋教授も、定年のはるか前の50歳で退職した。

 「大学が求める心臓外科と僕がやりたいことの折り合いがつかなかったから」というのが理由だ。例えば、手取屋教授は次のように述べている。「自分にとってダメ押しだったのが、大学分院の心臓外科における人事の問題です。細かい経緯は省きますが、一つの分院が、他大学の心臓外科チームに“占領”されてしまったのです。僕は、大学からの要請で2人の外科医を派遣する準備を整えていたのですが、赴任の2週間前に突如キャンセルされました。いまだに、理由は全く分からないままです。開いた口が塞がりませんでした。ちなみに、その分院の心臓外科のトップは当学出身者。卒業生が赴任できる貴重な教職ポジションを他大学のチームにむざむざ明け渡し、それを大学も認めるとは…。赴任予定だったスタッフには合わせる顔もなく、そのうち1人は、その後に僕のチームから離れていきました。大学や分院側がそう決断したのには相応の理由があり、自分にも何かしらの落ち度があったのかもしれません。ただ、本院の教授としては致命的な名折れですし、到底納得できるものではありません。」

 大学に対する不信感は他にもがいろいろとあったようだが、辞職の決定打となったのは教授会の出席率だそうだ

 「昭和大学の教授として5年間という任期を更新するには、教授会出席率が8割以上でないといけないという規定があります。実は去年の夏、ある事務職員から、こう教えられました。「先生の出席率は現在5割を切っていて、これから全て出席しても8割には達しません。更新は無理です」 「えっ…うそ?」 最終的には、更新期限の1カ月前に実施される学長・理事長との面談によって更新の可否が決定されるのですが、一縷の望みを抱きながら面談に挑み、この時点で「はい、さようなら」と言われたら、残り1カ月で次の職場を探さないと無職になってしまいます。僕にも生活がありますし…。といった事情もあり、結局辞めることにしたのでした。」(日経メディカルブログ 2012年3月22日)

 これを読んだとき、私は「教授の再任の条件が周知されていなかった。出席率8割を切りそうな段階で誰も注意しなかったのだ、いい加減な大学だなあ。」と思った。そういえば昭和大学はいろいろ問題を起こす大学だ。藤が丘病院ではマスコミ報道された医療事故裁判がいくつかあるし、認定内科医師試験での不正、診療報酬の多額の不正請求、個人情報の入ったUSBメモリの紛失、患者情報の第三者への誤送信、etc.

③ 不正や事件を起こして解雇される前に自主的に退職することはたまにあるが、諭旨退職となることが多い。 

 独協医大の教授が論文不正により諭旨退職(2011年6月25日 読売新聞)

 独協医科大(壬生町)の教授らの研究論文にデータねつ造などの不正があった恐れがあるとして同医大が調査委員会を設置した問題で、同医大が4月末、教授を諭旨退職にしていたことが大学関係者への取材でわかった。調査委はまだ結果を公表していないが、諭旨退職は自主退職を促す処分で、同医大は事実上、論文に不正があったと認めたことになる。  この教授は50歳代で、同医大内分泌代謝内科に勤務。今年1月末、同医大に告発文が寄せられ、教授が2002~11年に講師らと共同執筆し、医学雑誌に掲載した論文27本について不正が指摘された。告発文は論文に対し、「実験の画像が加工され、一つの実験データを違うデータとして流用されている」などとしている。同医大は2月に調査委を設置し、不正の有無を調べてきた。同医大は「調査はまだ継続中。7、8月頃にも結果を公表する予定だが、それまでは何も話せない」としている。だが、同医大幹部の1人は「不正があったということで処分となった。教授は自主的に退職した」と話す。教授は4月から、茨城県内の民間病院の部長職で勤務している。

 これに対し、同医大に告発文を送った都内の男性は「他大学で論文不正が判明した教員は懲戒解雇になっており、諭旨退職はやや軽い処分。国から公的な研究費を受けた論文であり、同医大の責任は重い。不正があった論文をすべて速やかに撤回してもらいたい」と厳格な対応を求めている。 

 精神保健指定医の不正取得で、教授を諭旨退職、16人を処分、聖マリアンナ医科大学      (m3.com 2015年8月7日)

 聖マリアンナ医科大学病院の神経精神科で精神保健指定医を不正に取得したとして、23人の医師が指定医取り消し処分を受けた問題で、聖マリアンナ医科大学は8月6日、神経精神科の教授ら16人に対し、諭旨退職や懲戒休職などの学内処分を決定した。処分は7日付。学内処分を受けたのは、不正申請に関わった26人の医師のうち、既に退職した11人を除く15人。神経精神科部長の教授は申請には直接関与していなかったが、「教室の指導者としての責任は非常に重い」(同大)として、諭旨退職とした。早急に公募して教授を選考する方針。不正申請に関与した指導医は、准教授2人を懲戒休職3カ月、ほか5人を懲戒休職2カ月の処分。不正に取得した指定医は、4人を懲戒休職2カ月、不正の意思はないが不注意があったとして1人を戒告処分。指定医取り消し処分は受けていないものの、不正に申請しようとしたとして、申請医3人を懲戒休職1カ月の処分にした。処分は6日に開かれた臨時の役員会で決定した。このほか、尾崎承一病院長も指導管理責任があるとして、口頭で厳重注意にした。精神保健指定医の不正取得問題は、昨年申請しようとした医師のケースレポートで、症例の使い回しなどが見つかって発覚。これまでに指定医11人と指導医12人の計23人の指定医取り消し処分を受けている。指定医の減少で診療体制を縮小し、患者数も大幅に減少した。

④ 罪を犯すか、重大な不正でも働かないか限り、教授が解雇されることは絶対にない。従って、札幌医大の教授解雇(札幌医科大学教授の懲戒処分 - 医学部教員の独り言)は非常に珍しい例である。もし解雇すれば、大学は確実に訴えられるだろう。パワハラで解雇されることもない。そもそも医学部でパワハラは当たり前だし、大学に訴えても教授のパワハラはほとんど認定されない。(ハラスメント対策を行わない医学部 - 医学部教員の独り言)学生の頭を踏みつけても解雇されないのである。(医学部はパワハラ天国 1 - 医学部教員の独り言)だが、セクハラは別である。(医学部のセクハラ事例 - 医学部教員の独り言)セクハラは証拠や証人がなくても認定される可能性が高いので、泣き寝入りは絶対損である。

 職員にセクハラ9ヶ月間、医学部教授を懲戒解雇(読売新聞 2013年3月27日)

 女性職員にセクハラ行為を続けていたとして、和歌山県立医大は3月26日付で医学部の男性教授(50)を懲戒解雇処分にした。大学の説明によると、教授は昨年1月に他大学から着任。同6月かあら約9ヶ月間、女性職員に対し、教授の立場を利用してわいせつな行為やみだらな行為を強要していたという。先月28日、女性職員が大学側に訴えて発覚した。大学は調査委員会を設置し、関係者から事情を確認して処分を決定。教授は今月13日から自宅待機を命じられていた。教授は大学側の聴取に対し、おおむね事実を認めているが、女性への謝罪の言葉はないという。