医学部新設反対の医師会と大学病院(1)

 (医師、看護職員、理学療法士作業療法士などの)医療従事者の需給に関する検討会の第1回会議が2015年12月10日に厚生労働省で開催された。当初は医師の増員の有無の議論を先行させるようだ。医師の需給に関しては、日本医療法人協会全日本病院協会などの地域医療の現場は医師不足を実感して増員を訴えているが、日本医師会や大学病院は増員に反対だ。しかし、流れは「医学部新設による増員」という方向に向かっている。東北薬科大学に医学部設置が認可され、2016年4月には「東北医科薬科大学」が誕生する。国際医療福祉大学も2017年4月に成田市での新設を目指し準備を進めている。

 従来、医学部定員の増加という形で医師の増員は行われてきたが、既存の大学でこれ以上入学定員を増やすのは、大学のキャパシティから考えて難しい。もっと医師を増やすと仮定した場合、医学部新設が効果的ということになる。その動きは数年前からあり、仙台厚生病院東北福祉大学と協力して、宮城に医学部の新設を目指すことを表明していた。検討委員会が数回設置されたが、その報告書では、宮城に医学部を新設する際の大きなハードルの一つとして、東北大学医学部を中心とする東北地方各大学の全面的協力を挙げていた。すぐに大きなハードルが表面化した。

 医学部新設の動きを牽制するために、平成24年4月19日、東北被災3県(岩手、宮城、福島)の医科大学学長らが文部科学大臣と面会し、医学部新設は「被災地の地域医療崩壊をもたらす」という要請書を提出した。医学部が新設されると、病院勤務医を教員に振り替える必要があり、3県の医師不足を加速させる恐れがあり、要望書はその危惧を表明したものだ。同日記者会見した岩手医大学長は「どこに医学部が新設されたとしても被災県の医師が教員として引き抜かれれば、ぎりぎりの状態でやっている被災地の医療が壊れる」と訴えた。(医療介護CBニュース 2012.4.19)

 さらに、地元の宮城県医師会は平成24年4月25日の理事会で、全会一致で「大学医学部の新設に強く反対するものである」との見解を決議した。地域の医療機関から多くの医師の移動が起き、かえって地域の医師不足を加速させる懸念があるから、との理由だ。(m3.com 2012年5月8日)

 これを聞いた一般の人は、一体どれほどの数の医師が引き抜かれるのかと思っただろう。基礎医学系教員は臨床にほとんど関わらないので、問題となるのは臨床医学の教員である。開学当初の教員が当地の医師だけで構成されることはない、日本全国から集められるのが一般的である。東北に1校できただけで地域医療が崩壊するのなら、結局、地域に医師が相当に足りないということではないのか?過去に医学部が新設されるたびに、地域の医療が崩壊していったのであろうか?

 仙台厚生病院以外にも、医師確保に向けてかなり現実的に医学部誘致を目指していた地域がある。10万人当たりの医師数都道府県でワースト2位で医師の偏在が顕著な茨城県は、笠間市の県畜産試験場跡地を立地候補地とし、早稲田大学に新設医学部の誘致を打診していた。

 茨城県は、自治医科、筑波、東京医科歯科、日本医科の各大学に寄付講座を設置したり、医学部のある大学に県内誘致を打診したりするなどして医師の確保を図ってきたが、いずれも具体的な成果には結びついていなかった。橋本茨城県知事は2010年の知事選で、医学部誘致を公約に掲げて5選を果たしており、それを具体化し始めた形だった。これに対して茨城県医師会は医学部の新設・誘致は不適当と批判し、斉藤医師会長は2011年9月18日に知事に会い、「おやめなさい」と進言したことを明らかにした。医学部の新設・誘致に反対する理由として、茨城県医師会は「教員確保のために医師を集めれば全国の医師不足に拍車をかける」「既存医学部で入学定員の増加を図っている」「中小医療施設や有床診療所などの経営に影響する」「医学生は卒業後に出身地へ戻る可能性もあり県の医師不足解消にならない」の四つを挙げた。(読売新聞 2011年9月22日)

 どこに医学部を設置しても、地元の大学や医師会は「医師不足が加速して地域医療が崩壊するという」理解不能な論理を展開して反対する。

 しかし、医学部新設の要望は止まらず、2011年10月14日、医師不足の解消を目指して発足した埼玉県議93人全員からなる「県立大学医学部設置推進県議会議員連盟」が、医学部の設置に向けた体制づくりを求める要望書を上田埼玉県知事に提出した。 さらに、新潟県では、11月28日、泉田知事が県立病院勤務医の過重労働や深刻な医師不足に悩む県の現状を踏まえ、医学部の新設に取り組む考えを示した。

 2012年5月17日には、160回東北市長会総会で、東北における長期的な医師の確保に向けた取り組みを国に要望することを、満場一致で承認した。従来の東北地方の深刻な医師不足に加え、東日本大震災で医療機関が被災したことにより危機的な状況にある地域医療体制を解消するために、医学部の設置を国や医療機関に働きかけていくとした。(m3.com 2012年5月21日)

 このような動きに対して、2012年4月に医師会長に就任した横倉義武会長は、医学部新設を絶対に阻止することを表明した。4月4日、日本医師会新執行部の最初の定例記者会見で、「医学部定員は、既に13校分くらいは、ここ数年で増えている。歯学部では定員増のために、入学者が定員割れし、50%のところもある。日本医師会は従来から主張しているが、医学部を安易に新設することは果たしていいのか、しっかりと考えていかなければいけない」今の「医師不足」問題は、絶対数の不足ではなく、地域あるいは診療科の偏在の問題であるとの認識を示した。医師数に関しては、過去5年間に医学部定員が1366人分増えたため、今後は徐々に充足するようになるとした。また医師の地域偏在についても、各大学が地域枠を広げているため、「少しずつ、地域偏在も解決するだろう」とし、残る課題は産科不足などの診療科の偏在であるとした。(m3.com 2012年4月4日)

 しかし、伝統ある大手の私立大学が医学部設置に意欲を見せ始めていた2011年6月に茨城県の橋本知事は早稲田大学に医学部ができた場合に、笠間市の県畜産試験場跡地(35ヘクタール)を立地候補地として誘致する意向があることを表明。2012年6月15日、茨城県議会は「早大新設医学部の誘致に関する決議案」を賛成多数で可決した。(読売新聞2012年6月16日)    

 2012年11月30日、同志社大などを運営する学校法人「同志社」(京都市)も医科大や医学部の開設を検討するチームを設置し、文部科学省への働き掛けなどを行っていくと発表した。(共同通信社 2012年12月3日)

 早稲田大学同志社大学も医学部設置は長年の夢であり、同じ思いを抱いている大学は他にもある。医学部設置への動きは止まらなかった。

そして、やっと、東北薬科大学に医学部設置が認可されたわけである。

(次回へ続く  医学部新設反対の医師会と大学病院(1) - 医学部教員の独り言