医師の一斉退職という爆弾

  名古屋大病院で救急科の医師21人のうち半数近い9人が2016年3月末で一斉に退職した。名大病院は他の診療科の医師の応援を受けるなどして、救急患者の受け入れ体制を維持し、影響が出ないようにする。病院側は4月中に学外有識者を交えた調査委員会を設置、退職の経緯を調べて対策を検討する。名大病院によると、研修に来ていた他病院の医師が戻ったり、出身地に帰ったりするほか、1次・2次医療機関へ移る医師がいたため、退職が重なった。また、若手の一部から救急科の職場環境や救急医療の方針に対する不満などを指摘する声もあるという。救急科には4月に2人の医師が新たに加わる予定で、内科や外科などの医師も応援に入るという。名大病院は「救急患者の受け入れに影響がないようにする」としている。(読売新聞yomiDr 2016年3月31日)

 年度末に医師が一斉に退職したり辞表を出したりする事件は、新聞報道だけでもかなりの件数起っているが、最近は珍しい。

 2009年3月、鳥取大学病院救命救急センターで、教授を含む救急医4人全員が一斉退職した。病院の待遇に対する抗議を込めての退職であった。教授であった八木啓一氏によると「救急設備効率性や院内の診療体制の問題、多忙な業務、その一方での2004年度の卒後臨床研修の必修化以降の人手不足など、実に様々な要因がある」という。教授までもが退職とは前代未聞と言える事態だが、労働環境は過酷であったようだ。八木氏はさらに「辞表を出してからも、これでよかったのかと後悔していました。けれど、12月は私自身4回当直したのですが、12月30日の深夜、交通外傷の患者が救急車で運ばれてきました。両側の気胸、肝破裂、骨盤の骨折などがあり、本当に重症の患者さんでしたが、一人で処置をしました。当院のX線CT室は2階にあります。1階にある救命救急センターから、看護師と2人で夜間の暗い廊下をストレッチャーで運んだ際は、さすがにむなしくなりました。処置開始は午前1時で、終わったのは午前5時。体力的にもつらく、救急医を育てるために、ここに来たけれど、この年齢になっても、真夜中、それも年末に一人で処置をしている。私は何をしているんだろうと、辞表を出してよかったと思いましたね。」と答えている。(m3.com 2009年2月10日)

 救急救命科は麻酔科と並んで医師不足が深刻な診療科である。昼夜を問わず急患が運び込まれるので、よりも多くの医師が必要となる診療科である。にもかかわらず救急医がたった4人とは、過酷な職場であったろうと想像できる。救急医不足の原因は、まさにその過重労働にある。医学部入試の面接で受験生が将来の希望を述べるときに、多くの者が「救急救命医になりたい」と答える。TVドラマの影響もあるのだろう、女性でもそう希望する者がいる。しかし、国家試験に受かり研修医を経験してから選ぶのは、残念ながら救急医ではない。しかし、救急医や麻酔医が少ないからといって、医師の専門を強制的に割り当てることはできない。解決法は、医師数全体の底上げしかないように思われるのだが。

 医学部の政治的な混乱に抗議して、医師が一斉退職するという事例もある。2012年3月末に大分大学病院の外科医7人が一斉退職するという事件が起きた。常勤医10人の内の7人が突然退職するのであるから大変な事態である。当然、診療に影響があり、呼吸器外科と乳腺外科では患者の受け入れを中止し診療を縮小することとなった。7人の中には定年退職する教授が含まれているが、その後任の教授が決まらないことと、所属する医学部外科部門の組織統合の動きに不信感を募らせていたことが一斉退職の理由だ。(共同通信 2012年3月19日)

 一般的に、講座の組織統合が行われる場合、内科同士または外科同士のように専門領域の似ている講座を合併する。統合対象となるいずれかの講座の教授が定年退職する時が絶好のチャンスであり、その講座は吸収合併される。医学部の講座は教授を頂点とした封建社会であるから、講座ごとに教授のカラーが色濃く出る。それだけに、講座の合併時はトラブルが発生することが多い。最も大きな問題は吸収される講座の人事である。本来は教授退任に伴って次期教授選があり、各医局員のポストも動くが、合併になればその予定が狂う。特に、次期教授を目指して研究を重ねてきた准教授などは人生設計が大きく変わるわけである。吸収される講座の医師が見切りをつけて退職することは十分にあり得る。幸いにも医師は次の就職に困ることはないし、さらに条件の良い職場を見つけることが可能である。大分大学側は「後任の教授は4月以降に決める方針だった。後任人事が遅れるのは珍しいことではない」と説明している。教授選が遅れることは珍しいことではないが、それが理由で7人も退職する事態は異常である。

 2011年10月から、大分大学の学長は医学部総合外科学第一講座(第一外科)の教授が就任していた。退職した医師らが所属していたのは総合外科学第二講座(第二外科)である。一般的に領域が似ている講座は対抗意識があり、仲が悪いことが多い。勝手な想像だが、教授が学長である第一外科が第二外科を吸収合併するかたちで、話が進行していたのではないだろうか?学長を擁する講座は勢いがあり、人事をごり押しすることがある。第二外科の医師らは病院の診療に影響が出ることを承知で退職し、学長の権力拡大の野望に待ったをかけたのだろうか? それにしても人員の補充は簡単ではあるまい。大学病院での医師の一斉退職は病院にとっても患者にとっても大打撃である。まさに爆弾である。現在は、大分大学医学部は講座が再編されて、一斉退職などなかったかのようである。一斉退職とその後講座の再編によって、思わぬ幸運を得た医師もいるだろう。

 

医学部の教授になったのに辞めちゃう人たち

  医学部の教授なのに、定年を待たずに辞める人っているのだろうか?実は結構いるのです。一般の職場のように会社の業績不振によるリストラはないので、辞める理由は概ね次の4通りである。①病気による死亡あるいは療養のため。②何らかの理由で嫌になってしまった。③不正やハラスメントなどの事件を起こして、自主的に退職。④不正やハラスメントなどの事件を起こして、大学から解雇。

① 心身ともに丈夫な人が教授を目指すので、医学部の教授は非常に健康である。それでも在職中に死去する教授は、どの医学部でも10年に一人くらいの割合で存在する。40~60代の死因の第1位は悪性新生物(癌)なので、教授の死因もほとんどが癌である。男性の癌の死因の第1位は肺癌であるが、医師の喫煙率は極めて低く、教授のほとんどは非喫煙者なので、肺癌による死亡は稀である。病気療養のために退職する人はほとんどいないが、元東大教授で脳神経外科医であった若井晋氏は若年性アルツハイマーのために定年前に退職した。50代で現役の教授でアルツハイマー発症は非常に珍しい例である。周囲の者、特に教室員は大変だったのではないだろうか?(週刊医学界新聞「若年性アルツハイマー病とともに生きる」http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02814_01

 ② 医学部の教授なのに、嫌になってあるいは理由不明で辞める人がたまにいる。私の大学にも理由不明で辞めた教授がいた。

 鳥取大学病院救命救急センターの教授であった八木啓一氏は、2009年3月、救急医4人全員とともに一斉退職した。病院の待遇に対する抗議を込めての退職でもあった。八木啓一氏によると「救急設備効率性や院内の診療体制の問題、多忙な業務、その一方での2004年度の卒後臨床研修の必修化以降の人手不足など、実に様々な要因がある」という。教授までもが退職とは前代未聞と言える事態だが、労働環境は過酷であったようだ。八木氏はさらに「辞表を出してからも、これでよかったのかと後悔していました。けれど、12月は私自身4回当直したのですが、12月30日の深夜、交通外傷の患者が救急車で運ばれてきました。両側の気胸、肝破裂、骨盤の骨折などがあり、本当に重症の患者さんでしたが、一人で処置をしました。当院のX線CT室は2階にあります。1階にある救命救急センターから、看護師と2人で夜間の暗い廊下をストレッチャーで運んだ際は、さすがにむなしくなりました。処置開始は午前1時で、終わったのは午前5時。体力的にもつらく、救急医を育てるために、ここに来たけれど、この年齢になっても、真夜中、それも年末に一人で処置をしている。私は何をしているんだろうと、辞表を出してよかったと思いましたね。」と答えている。(m3.com 2009年2月10日) 

 昭和大学医学部胸部心臓血管外科の手取屋教授も、定年のはるか前の50歳で退職した。

 「大学が求める心臓外科と僕がやりたいことの折り合いがつかなかったから」というのが理由だ。例えば、手取屋教授は次のように述べている。「自分にとってダメ押しだったのが、大学分院の心臓外科における人事の問題です。細かい経緯は省きますが、一つの分院が、他大学の心臓外科チームに“占領”されてしまったのです。僕は、大学からの要請で2人の外科医を派遣する準備を整えていたのですが、赴任の2週間前に突如キャンセルされました。いまだに、理由は全く分からないままです。開いた口が塞がりませんでした。ちなみに、その分院の心臓外科のトップは当学出身者。卒業生が赴任できる貴重な教職ポジションを他大学のチームにむざむざ明け渡し、それを大学も認めるとは…。赴任予定だったスタッフには合わせる顔もなく、そのうち1人は、その後に僕のチームから離れていきました。大学や分院側がそう決断したのには相応の理由があり、自分にも何かしらの落ち度があったのかもしれません。ただ、本院の教授としては致命的な名折れですし、到底納得できるものではありません。」

 大学に対する不信感は他にもがいろいろとあったようだが、辞職の決定打となったのは教授会の出席率だそうだ

 「昭和大学の教授として5年間という任期を更新するには、教授会出席率が8割以上でないといけないという規定があります。実は去年の夏、ある事務職員から、こう教えられました。「先生の出席率は現在5割を切っていて、これから全て出席しても8割には達しません。更新は無理です」 「えっ…うそ?」 最終的には、更新期限の1カ月前に実施される学長・理事長との面談によって更新の可否が決定されるのですが、一縷の望みを抱きながら面談に挑み、この時点で「はい、さようなら」と言われたら、残り1カ月で次の職場を探さないと無職になってしまいます。僕にも生活がありますし…。といった事情もあり、結局辞めることにしたのでした。」(日経メディカルブログ 2012年3月22日)

 これを読んだとき、私は「教授の再任の条件が周知されていなかった。出席率8割を切りそうな段階で誰も注意しなかったのだ、いい加減な大学だなあ。」と思った。そういえば昭和大学はいろいろ問題を起こす大学だ。藤が丘病院ではマスコミ報道された医療事故裁判がいくつかあるし、認定内科医師試験での不正、診療報酬の多額の不正請求、個人情報の入ったUSBメモリの紛失、患者情報の第三者への誤送信、etc.

③ 不正や事件を起こして解雇される前に自主的に退職することはたまにあるが、諭旨退職となることが多い。 

 独協医大の教授が論文不正により諭旨退職(2011年6月25日 読売新聞)

 独協医科大(壬生町)の教授らの研究論文にデータねつ造などの不正があった恐れがあるとして同医大が調査委員会を設置した問題で、同医大が4月末、教授を諭旨退職にしていたことが大学関係者への取材でわかった。調査委はまだ結果を公表していないが、諭旨退職は自主退職を促す処分で、同医大は事実上、論文に不正があったと認めたことになる。  この教授は50歳代で、同医大内分泌代謝内科に勤務。今年1月末、同医大に告発文が寄せられ、教授が2002~11年に講師らと共同執筆し、医学雑誌に掲載した論文27本について不正が指摘された。告発文は論文に対し、「実験の画像が加工され、一つの実験データを違うデータとして流用されている」などとしている。同医大は2月に調査委を設置し、不正の有無を調べてきた。同医大は「調査はまだ継続中。7、8月頃にも結果を公表する予定だが、それまでは何も話せない」としている。だが、同医大幹部の1人は「不正があったということで処分となった。教授は自主的に退職した」と話す。教授は4月から、茨城県内の民間病院の部長職で勤務している。

 これに対し、同医大に告発文を送った都内の男性は「他大学で論文不正が判明した教員は懲戒解雇になっており、諭旨退職はやや軽い処分。国から公的な研究費を受けた論文であり、同医大の責任は重い。不正があった論文をすべて速やかに撤回してもらいたい」と厳格な対応を求めている。 

 精神保健指定医の不正取得で、教授を諭旨退職、16人を処分、聖マリアンナ医科大学      (m3.com 2015年8月7日)

 聖マリアンナ医科大学病院の神経精神科で精神保健指定医を不正に取得したとして、23人の医師が指定医取り消し処分を受けた問題で、聖マリアンナ医科大学は8月6日、神経精神科の教授ら16人に対し、諭旨退職や懲戒休職などの学内処分を決定した。処分は7日付。学内処分を受けたのは、不正申請に関わった26人の医師のうち、既に退職した11人を除く15人。神経精神科部長の教授は申請には直接関与していなかったが、「教室の指導者としての責任は非常に重い」(同大)として、諭旨退職とした。早急に公募して教授を選考する方針。不正申請に関与した指導医は、准教授2人を懲戒休職3カ月、ほか5人を懲戒休職2カ月の処分。不正に取得した指定医は、4人を懲戒休職2カ月、不正の意思はないが不注意があったとして1人を戒告処分。指定医取り消し処分は受けていないものの、不正に申請しようとしたとして、申請医3人を懲戒休職1カ月の処分にした。処分は6日に開かれた臨時の役員会で決定した。このほか、尾崎承一病院長も指導管理責任があるとして、口頭で厳重注意にした。精神保健指定医の不正取得問題は、昨年申請しようとした医師のケースレポートで、症例の使い回しなどが見つかって発覚。これまでに指定医11人と指導医12人の計23人の指定医取り消し処分を受けている。指定医の減少で診療体制を縮小し、患者数も大幅に減少した。

④ 罪を犯すか、重大な不正でも働かないか限り、教授が解雇されることは絶対にない。従って、札幌医大の教授解雇(札幌医科大学教授の懲戒処分 - 医学部教員の独り言)は非常に珍しい例である。もし解雇すれば、大学は確実に訴えられるだろう。パワハラで解雇されることもない。そもそも医学部でパワハラは当たり前だし、大学に訴えても教授のパワハラはほとんど認定されない。(ハラスメント対策を行わない医学部 - 医学部教員の独り言)学生の頭を踏みつけても解雇されないのである。(医学部はパワハラ天国 1 - 医学部教員の独り言)だが、セクハラは別である。(医学部のセクハラ事例 - 医学部教員の独り言)セクハラは証拠や証人がなくても認定される可能性が高いので、泣き寝入りは絶対損である。

 職員にセクハラ9ヶ月間、医学部教授を懲戒解雇(読売新聞 2013年3月27日)

 女性職員にセクハラ行為を続けていたとして、和歌山県立医大は3月26日付で医学部の男性教授(50)を懲戒解雇処分にした。大学の説明によると、教授は昨年1月に他大学から着任。同6月かあら約9ヶ月間、女性職員に対し、教授の立場を利用してわいせつな行為やみだらな行為を強要していたという。先月28日、女性職員が大学側に訴えて発覚した。大学は調査委員会を設置し、関係者から事情を確認して処分を決定。教授は今月13日から自宅待機を命じられていた。教授は大学側の聴取に対し、おおむね事実を認めているが、女性への謝罪の言葉はないという。 

 

 

東大話法ならぬ医者話法?

(前回から続く  医学部新設反対の医師会と大学病院(2) - 医学部教員の独り言

 医学部新設反対の医者の主張を熟考していると、東京大学安冨歩教授が、その著書「原発危機と東大話法」の中で紹介していた「東大話法」を思い出す。東大話法とは「常に自らを傍観者の立場に置き、自分の論理の欠点は巧みにごまかしつつ、論争相手の弱点を徹底的に攻撃することで、明らかに間違った主張や学説をあたかも正しいものであるかのように装い、さらにその主張を通すことを可能にしてしまう、論争の技法であると同時にそれを支える思考方法のこと」だそうだ。ならば、「医者話法」なるものも存在するのではないか。東大話法の使い手は知能が高く頭の回転も早いので、一般人は簡単に丸め込まれてしまう可能性が大である。ところが、「医者話法」は自分の論点の欠点をごまかす技巧は持ち合わせていないので、一般人でも「違うのではないか?」と感じることが多い。「医者が一番偉い、医者は特別な存在である、医者が言えばみんなが納得する」という固定観念に基づいて主張しているので、東大話法と違って理解するのは簡単だ。医師会の役員や大学の教授など、年配の医者にこの傾向が強い。「患者は、医者の意見に絶対に従うべきである」という父権主義(パターナリズム)から抜けきれない人たちである。

 医学教育は大学受験勉強の延長のようなものである。医学は考える学問ではなく記憶の学問なので、医学生はひたすら覚える。膨大な量の医学知識を暗記する。医学部の授業は毎日朝から夕方まで数科目あり、しかも毎日科目が違うのである。試験期間中は十数科目の筆記試験を受けなければならない。これが国家試験までのほぼ6年間続く。医学部の学生は、「理論的に考えること」を学ばず、「膨大な量の知識を記憶して、必要なときにどの部分を引き出すか」を学ぶのである。医師免許を取った後は、患者や看護師など医者に従う人たちに囲まれて仕事をし、エリート意識が高いまま「誰もが医者の意見に従うのは当然」という考えが刷り込まれてしまう。自分たちの既得権益を犯す行為には、自信を持ってごり押しとも言える主張をする。とにかく医者は強い、ごり押しが以外とまかり通ってしまうのである。

 

医学部新設反対の医師会と大学病院(2)

(前回より続く  医学部新設反対の医師会と大学病院(1) - 医学部教員の独り言)

 医師会も大学病院も、医学部新設反対というスタンスは同じである。日本医師会は歯学部の定員割れにも言及している。医師を増員すると、将来、歯科医師のように過剰なると恐れる。しかし、ほとんどの医師はなぜ歯科医師がこれほど増えたのか理解していない。

 現在、歯学部を有する大学あるいは単科の歯科大学は国公立大学が12校、私立大学が17校で、計29校存在する。最も古いのは東京歯科大学で、歯科医学院として1890年(明治23年)に開校。その後、明治・大正時代に6校が開校した。昭和3年(1928年)に国立大学である東京医科歯科大学に歯学部が開校して以来、昭和30年代前半までに歯学部の開設は皆無であった。人口と平均寿命の増加に伴う歯科医師数の不足が問題となり、昭和35年~昭和54年の19年間に、国公私立大学合わせて21校もの歯科大学・歯学部が開設された。当時の歯科医師の総数は医師の約1/3の約65,000人であったが、募集定員は国立大学で50名程度、私立大学では100名以上であるから、すぐに過剰になることは明らかであった。明治の頃から、歯科医業に対する行政の対応は、まず医師の利益優先で、歯科医師は後回しあるいは無策であった。歯学部増設に対する当時の歯科医師会の見解は不明だが、おそらく増員に積極的に賛成したのではないか?結局のところ、歯科医師過剰は行政と歯科医師会の無能が原因である。

 医学部の増設が歯学部と同じように進むことはあり得ず、医師会や大学病院の過度の心配は的外れである。入学定員が増え、医師の総数もここ10年間で4万人以上増加しているが、寄与しているのは女医と高齢医師の増加である。医学部の女子学生の割合は昭和50年代には13%程度であったが、平成に入って以降は30%を超えている。しかし、卒業後の女医の就業率は20代から50代にかけては80%前後であり、男性医師と比べて就業時間も短い。医師の就業率は男女とも60歳を超えると減少し、70歳では男女とも60%である。(平成20年 第1回 今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会 医師を取り巻く現状等について)医師数が増えたからといって、医師の労働力が増えるとは限らないのである。

 それにしても、医師会や大学病院の主張には患者からの視点が全く欠けている。地域からの医学部新設の要請にも関わらず反対とは。医者のエゴと言われても仕方がない。需要に対して供給が少なければ、その職業の価値は高く尊敬される。医師は永遠にそうありたいのである。しかも、彼らの反対理由は説得力に欠ける。「医学部新設で医師不足が加速する」などという主張も、一般の人でさえ「そんなことはないのでは?」と思ってしまう。

(次回に続く  東大話法ならぬ医者話法? - 医学部教員の独り言

 

医学部新設反対の医師会と大学病院(1)

 (医師、看護職員、理学療法士作業療法士などの)医療従事者の需給に関する検討会の第1回会議が2015年12月10日に厚生労働省で開催された。当初は医師の増員の有無の議論を先行させるようだ。医師の需給に関しては、日本医療法人協会全日本病院協会などの地域医療の現場は医師不足を実感して増員を訴えているが、日本医師会や大学病院は増員に反対だ。しかし、流れは「医学部新設による増員」という方向に向かっている。東北薬科大学に医学部設置が認可され、2016年4月には「東北医科薬科大学」が誕生する。国際医療福祉大学も2017年4月に成田市での新設を目指し準備を進めている。

 従来、医学部定員の増加という形で医師の増員は行われてきたが、既存の大学でこれ以上入学定員を増やすのは、大学のキャパシティから考えて難しい。もっと医師を増やすと仮定した場合、医学部新設が効果的ということになる。その動きは数年前からあり、仙台厚生病院東北福祉大学と協力して、宮城に医学部の新設を目指すことを表明していた。検討委員会が数回設置されたが、その報告書では、宮城に医学部を新設する際の大きなハードルの一つとして、東北大学医学部を中心とする東北地方各大学の全面的協力を挙げていた。すぐに大きなハードルが表面化した。

 医学部新設の動きを牽制するために、平成24年4月19日、東北被災3県(岩手、宮城、福島)の医科大学学長らが文部科学大臣と面会し、医学部新設は「被災地の地域医療崩壊をもたらす」という要請書を提出した。医学部が新設されると、病院勤務医を教員に振り替える必要があり、3県の医師不足を加速させる恐れがあり、要望書はその危惧を表明したものだ。同日記者会見した岩手医大学長は「どこに医学部が新設されたとしても被災県の医師が教員として引き抜かれれば、ぎりぎりの状態でやっている被災地の医療が壊れる」と訴えた。(医療介護CBニュース 2012.4.19)

 さらに、地元の宮城県医師会は平成24年4月25日の理事会で、全会一致で「大学医学部の新設に強く反対するものである」との見解を決議した。地域の医療機関から多くの医師の移動が起き、かえって地域の医師不足を加速させる懸念があるから、との理由だ。(m3.com 2012年5月8日)

 これを聞いた一般の人は、一体どれほどの数の医師が引き抜かれるのかと思っただろう。基礎医学系教員は臨床にほとんど関わらないので、問題となるのは臨床医学の教員である。開学当初の教員が当地の医師だけで構成されることはない、日本全国から集められるのが一般的である。東北に1校できただけで地域医療が崩壊するのなら、結局、地域に医師が相当に足りないということではないのか?過去に医学部が新設されるたびに、地域の医療が崩壊していったのであろうか?

 仙台厚生病院以外にも、医師確保に向けてかなり現実的に医学部誘致を目指していた地域がある。10万人当たりの医師数都道府県でワースト2位で医師の偏在が顕著な茨城県は、笠間市の県畜産試験場跡地を立地候補地とし、早稲田大学に新設医学部の誘致を打診していた。

 茨城県は、自治医科、筑波、東京医科歯科、日本医科の各大学に寄付講座を設置したり、医学部のある大学に県内誘致を打診したりするなどして医師の確保を図ってきたが、いずれも具体的な成果には結びついていなかった。橋本茨城県知事は2010年の知事選で、医学部誘致を公約に掲げて5選を果たしており、それを具体化し始めた形だった。これに対して茨城県医師会は医学部の新設・誘致は不適当と批判し、斉藤医師会長は2011年9月18日に知事に会い、「おやめなさい」と進言したことを明らかにした。医学部の新設・誘致に反対する理由として、茨城県医師会は「教員確保のために医師を集めれば全国の医師不足に拍車をかける」「既存医学部で入学定員の増加を図っている」「中小医療施設や有床診療所などの経営に影響する」「医学生は卒業後に出身地へ戻る可能性もあり県の医師不足解消にならない」の四つを挙げた。(読売新聞 2011年9月22日)

 どこに医学部を設置しても、地元の大学や医師会は「医師不足が加速して地域医療が崩壊するという」理解不能な論理を展開して反対する。

 しかし、医学部新設の要望は止まらず、2011年10月14日、医師不足の解消を目指して発足した埼玉県議93人全員からなる「県立大学医学部設置推進県議会議員連盟」が、医学部の設置に向けた体制づくりを求める要望書を上田埼玉県知事に提出した。 さらに、新潟県では、11月28日、泉田知事が県立病院勤務医の過重労働や深刻な医師不足に悩む県の現状を踏まえ、医学部の新設に取り組む考えを示した。

 2012年5月17日には、160回東北市長会総会で、東北における長期的な医師の確保に向けた取り組みを国に要望することを、満場一致で承認した。従来の東北地方の深刻な医師不足に加え、東日本大震災で医療機関が被災したことにより危機的な状況にある地域医療体制を解消するために、医学部の設置を国や医療機関に働きかけていくとした。(m3.com 2012年5月21日)

 このような動きに対して、2012年4月に医師会長に就任した横倉義武会長は、医学部新設を絶対に阻止することを表明した。4月4日、日本医師会新執行部の最初の定例記者会見で、「医学部定員は、既に13校分くらいは、ここ数年で増えている。歯学部では定員増のために、入学者が定員割れし、50%のところもある。日本医師会は従来から主張しているが、医学部を安易に新設することは果たしていいのか、しっかりと考えていかなければいけない」今の「医師不足」問題は、絶対数の不足ではなく、地域あるいは診療科の偏在の問題であるとの認識を示した。医師数に関しては、過去5年間に医学部定員が1366人分増えたため、今後は徐々に充足するようになるとした。また医師の地域偏在についても、各大学が地域枠を広げているため、「少しずつ、地域偏在も解決するだろう」とし、残る課題は産科不足などの診療科の偏在であるとした。(m3.com 2012年4月4日)

 しかし、伝統ある大手の私立大学が医学部設置に意欲を見せ始めていた2011年6月に茨城県の橋本知事は早稲田大学に医学部ができた場合に、笠間市の県畜産試験場跡地(35ヘクタール)を立地候補地として誘致する意向があることを表明。2012年6月15日、茨城県議会は「早大新設医学部の誘致に関する決議案」を賛成多数で可決した。(読売新聞2012年6月16日)    

 2012年11月30日、同志社大などを運営する学校法人「同志社」(京都市)も医科大や医学部の開設を検討するチームを設置し、文部科学省への働き掛けなどを行っていくと発表した。(共同通信社 2012年12月3日)

 早稲田大学同志社大学も医学部設置は長年の夢であり、同じ思いを抱いている大学は他にもある。医学部設置への動きは止まらなかった。

そして、やっと、東北薬科大学に医学部設置が認可されたわけである。

(次回へ続く  医学部新設反対の医師会と大学病院(1) - 医学部教員の独り言

 

浜松医科大学教授がパワハラで学長を提訴・・・あっぱれ!

   浜松医科大学医学部教授がパワハラで大学と学長を訴えた。珍しいケースだそうだ。教授が大学を訴えることはあるが、ほとんどの場合は解雇などが原因だ。以下に、2015年7月8日配信のm3.comから転載する。 

   事前の相談のないままポストや教育範囲を減らす決定を伝え、恫喝するなどのパワーハラスメントがあったとして、浜松医科大学の50代男性教授が7月7日、同大と中村達学長を相手取り、550万円の損害賠償請求を、静岡地裁浜松支部に申し立てた。同日、浜松市内で教授と塩沢忠和弁護士らが会見した。男性教授は、恫喝などによるポストや教育権限の移譲について、「正規の議論の形跡もなく独裁」と指摘している、同大と中村氏はともに7日夜の時点で、「訴状が届いておらずコメントできない」としている。

    男性教授の弁護士、塩沢忠和氏は「権限の濫用にあたる」との見解を示した。当初は中村氏個人に対する訴訟となる予定だったが、非公務員の国立大学法人職員は、国家賠償法上の「公務員」として扱われる判例がある。公務員扱いの場合、警察官の職務執行などと同様に免責となり、「請求そのものが棄却される可能性があるため、大学も対象とした」(塩沢氏)という。ただ、訴状では、中村氏への損害賠償請求については、民法の適用を求めていて、男性教授も中村氏個人に対する責任を追及したい考え。

   訴状などによると、中村氏から、男性教授へのパワハラは2005年ごろに開始。准教授ポストや教育内容を減らされてきたほか、恫喝と受け止められる言動があったという。2014年4月 には、事前の相談がないまま、准教授のポストや教育範囲の減少、教室のスペースの明け渡しなどを求め、「准教授が辞めた際、別の准教授の任用を許可しない」などの恫喝があったという。

 パワハラの動機については「(男性教授と関係の深い)別の教授と、中村氏の関係の悪化」(男性教授)があり、「中村氏の個人的な恨み・怒りの矛先が、男性教授に向かった」(訴状)としている。男性教授は、「(継続的なパワハラで)無気力感や絶望感を感じる」(訴状)ようになり、PTSD不眠症を発症し、今年1月に浜松労基署に労災を申請し、「上司とのトラブル」が認定され、支給が決まっている。男性教授らは、大学にパワハラの調査も求めていて、大学には調査委員会が設置されている。現在は、教育は実施しているが、「最近1年間、研究は手がついていない」と影響を訴えている。

 塩沢氏は、大学におけるポストや授業範囲などについて、「不文律があり、関係する教授の意見を聞かないで決めるのはあり得ない。学長の持っている権限の濫用」と指摘。男性教授も「中村氏の要求は正規の委員会等で議論された形跡もなく、まさに独裁」と批判している。実際の意思決定の権限については、学長に一定の裁量がある点を認めながらも、塩沢氏は「過度の精神的な負担を負わせる対応に問題がある。また、目的についても、不当な目的があれば、原則不法行為として認められる」としている。

 教授による学長に対する訴訟提起は、全国的にも珍しいケースとみられ、塩沢氏は「聞いたことがない」としている。司法の場に持ち込んだ理由について、「大学における人生でこれだけ(いじめを)やる人はおらず、心理的に追い詰められてPTSDを発症した。また、部下や教育内容を講座の長として守らないといけない」と述べた。

 会見においては、国立大学法人の在り方への疑問も出た。現在、浜松医科大学の学長選挙では、教授選挙が廃止され、意向調査を実施。意向調査を経て、経営協議会と教育研究評議会から選ばれた学長選考委員会が、最終決定する。塩沢氏は、経営協議会と教育研究評会のメンバーを学長が選定できることを疑問視した上で、「中村氏は(権限の強さから)何をやってもよいと思い込んだのではないか」と指摘した。

    浜松医科大学は昭和49年に開校した比較的新しい国立の医科大学である。1990年代に大学設置基準の規制緩和が図られて、平成16年(2004年)に国立大学が法人化され、浜松医科大学国立大学法人となった。その後、全国の公立大学も次々と法人化され、かつての国公立大学は私学に近い大学となった。法人化によって大学の設置・運営の自由度が広がる反面、自己点検・自己評価が義務づけられることとなった。また、学校法人には理事長が必置のため、学長=理事長となった。(私立大学では理事長と学長は別である)つまり、教育・研究の長である学長が経営・事務の長ともなり、学長の権限が増したのである。

    権力の座に就いた者がその力を乱用し、恫喝によって弱者を従わせることはよくあることだ。一旦恫喝の味を知るとやめられない。麻薬と同じだ。法人化した国公立大学で、学長が権力を乱用しやすいのは、浜松医科大学のような単科大学に近い医科大学である。医科大学と言っても他の医療系学部が付いている医療系総合大学の形を成していることが多いが、他の医療系学部はあくまでもおまけである。学長は必ず医学部の教授から選出される。

    医学部の教授には権力志向がものすごく強い人が多い。何をしても許されると考えている人がいる、特に人事において。学長に選任されて権力を掌握したとたん、本領発揮となる。大学の将来を考えての言動ならば我慢もできるが、私利私欲のため、自身の講座の勢力拡大のため、浜松医大のように個人的な恨みでの職権乱用のケースなどが、ままある。自身の講座の出身者を学内外で優遇し、講座を新設しては教授として据えたり、学長の任期を勝手に延長してしまったり、etc.である。

    浜松医大のケースは、おそらく学内に反学長の支援者が多数いるのであろう。だから、現役の教授が学長を訴えることができたのだと思う。大学にパワハラの調査も求めているが、うまく機能するかどうか疑問である。私の持論だが、大学のホームページに詳しいハラスメント対策を載せていない大学は、間違いなくハラスメントを放置する大学である。浜松医大のホームページには全く載っていない。

    浜松医大だけではない、全国の愚かな学長の戒めとするためにも、ぜひ勝訴してもらいたいと思う。

札幌医科大学教授の懲戒処分

  札幌医科大学は平成27年5月25日付けで50代教授の懲戒解雇処分を行った。教授の解雇はとても珍しい。札幌医大のホームページを見ると、解雇の理由について次のように記載されている。

 平成27年5月25日付けで次のとおり、本学教員に対する懲戒処分を行いましたので公表します。 

1 被処分者

 医学部 教授(50歳代) 

2 処分の量定

 懲戒解雇 

3 処分年月日

 平成27年5月25日 

4 事案の概要

(1) 同教授は、道内医療機関に対して行った兼業(診療支援)について、その結果  (回数、所要時間、従事内容、報酬額)を大学に報告しなければならないにもかかわ らず、その一部しか大学に報告していなかった。また、一部の医療機関における兼業1回当たりの報酬額を大学に過少に報告した。

(2) 同教授は、本学給与及び大学に報告のあった兼業による報酬のほかにも、本学から得られる給与を大幅に超える給与収入があるにもかかわらず、大学の兼業許可を得ず、また報告もしていなかった。

(3) 同教授は、大学が設置した調査委員会からの文書による照会や事情の聴取に全く応じず、また、大学がこれらの照会や聴取への協力を業務命令として命じたにもかかわらず、従わなかった。

(4) 同教授は、出張期間中に出張先及び用務地から移動して兼業に従事したにもかかわらず、兼業の事実を報告せず、また、旅行命令の変更など必要な手続を怠っていたことにより支給が認められない旅費を受領したものがあった。

(5) 上記各項をはじめ、本学の信用を著しく失墜させる行いがあった。

5 本学の対応 

 平成26年末に学内外から、同教授が本学兼業規程に違反して兼業を行っているとの通報がありました。理事長から同教授に事実関係を質したところ、同教授からは違反はないとの回答があったため、具体的な資料の提示を求めたにもかかわらず、これに応じなかったことから、同教授の兼業実態を確認することを目的として、平成27年1月28日、学外委員を含む調査委員会を設置し、調査を進めてきました。

 その結果、上記4の事実が確認され、調査委員会は4月1日付けで大学に報告を行いました。

 理事長は、この報告に基づく懲戒処分の審査を本学教育研究評議会に付託し、評議会における審議結果に基づき、このたび、処分を決定したところです。

 6 管理監督責任

   本件に関して管理監督責任者である医学部長及び附属病院長に対し、文書による訓告としました。

  兼業はすべての大学教員に認められている。大学教授がコメンテーターや司会としてテレビに出演できるのはそのためだ。医学部では他の学部にはない「診療支援」という兼業がある。大学以外の病院で診察・手術・当直などを行うことである。大学病院の医師は、医師ではなく教員として採用されているので、給料はその職務内容に対してかなり低い。診療支援がなければ医師は誰も大学には残らないだろう。手術や当直の金額はコメンテーターのそれよりもずっと高い(おそらく)。特に田舎に行くほど相場が高くなる。北海道は無医地区が多く医師の偏在も大きいので診療支援は貴重であろう。診療に来てもらわないと地方の医療機関は困るのである。だが、兼業が主になって大学の診療がおろそかになってはいけないので、ほとんどの医学部では兼業に制限を設けている。

 制限を設けていても、大学の給料よりも兼業の金額の方が多いというのは珍しくはない。教授クラスになるとはるかに超えることもあるだろう。この元教授は「度が過ぎた」「脇が甘かった」「教授は何をしても許されると思っていた」ということだ。

 元教授は心臓外科の専門である。医学界は狭い、大学が伏せても噂は広まる。札幌医大心臓血管外科の4代目教授である札幌医科大学付属病院 心臓血管外科(旧 第二外科)>教室の沿革 あの日本発の心臓移植を行った講座である北海道で2例目の心臓移植が行われた。日本初の心臓移植「和田移植」の46年後であった。その裏側で行われた責任転嫁。 - 医学部教員の独り言

 それにしても、懲戒解雇とはずいぶん重い処分である。兼業に関して同様の処分が必要ならば、解雇される教授はたくさん出ると思う。大学の発表で腑に落ちないのは(5)上記各項をはじめ、本学の信用を著しく失墜させる行いがあった。という点である。どんな行いなのだろう、なぜ記載がないのか。ハラスメントか?この手の問題は内部告発で発覚するのが一般的だが、内部告発はハラスメントが絡んでいることが多い。だが、前回も書いたように、医学部はハラスメントの加害者には寛容なので、信用を著しく失墜させる行為ではありえない。 ならば、業者との癒着や賄賂なのか?

 もうひとつ腑に落ちない点は、医学部長と附属病院長に訓告という懲戒処分が行われていることだ。告発があったにも関わらず何もしなかったからなのか。なぜ学長は責任を取らないのか?

 兼業は表向きの理由で、札幌医大は何かやばい事を隠しているのではないだろうか。   

 

 

 

 

 

ハラスメント対策を行わない医学部

 以前にも書いたが、医学部はハラスメントが多い。そして、それがまかり通る組織だ。私の大学ではハラスメントがまともに解決された事例は1例もなく、被害者が相談してもそのまま放置するか、調査委員会が開催されてもなぜか「ハラスメントはなかった」ことになってしまう。加害者は大概が教授である。

 以前は医学部の講座の構成員はほとんどが医師であった。臨床系のみならず基礎系の講座もだ。ハラスメントを受けたら大学を辞めればよかった。医師であるから良い就職先はいくらでもある。最近は講座の構成員は女性や非医師が多くなり、ハラスメントの対象が広がってきている。「教授は何をやっても良い」という時代ではなくなったにも関わらず、教授の意識は以前のままである。

 2014年3月20日に全国医学部長病院長会議が、初めて実施した医学部・医学科 と大学病院におけるパワーハラスメントに関する調査の結果を公表した。

 過去5年間で「パワハラ」と認定された件数は、医学部・医学科では116件、大学病院では156件だった。相談件数はその約5倍ある状況で、調査を担当したアドホック委員長の當瀬規嗣氏(札幌医科大学医学部長 )は、「予想以上に多かった」と述べた上で、パワハラの規定や定義がない機関があることから、「パワハラの問題が全国に行き渡っていなかったり、アカデミックハラスメントパワハラをどう分けるかの理解にも問題があるのではないか」として、同会議で対策を検討する必要性を述べた。

 調査は、医学部・医学科や大学病院において、人手不足などを原因として、勤務する医療者に負担が発生し、パワハラ発生を防ぐなどの目的で実施。実施時期は2013年12月で、全国の医学部長と医学部附属病院長、合計160人に対して実施し、全員から回答を得た。

 過去5年間のパワハラの相談件数は、医学部・医学科で420件、大学病院で989件。各機関に実際の対応を求めた申立件数は、医学部・医学科で241件、大学病院で260件となった。厚生労働省パワハラの6類型に基づく分類で認定された事案を見ると、「精神的攻撃」(医学部・医学科110件、大学病院143件)が圧倒的に多く、次いで「個の侵害」(医学部・医学科14件、大学病院14件)、「人間関係からの切り離し」(医学部・医学科12件、大学病院10件)などとなった。當瀬氏は「パワハラは頻回に起こっているものではないという思い込みがあった」と想定よりも多かったとの認識を示した上で、今後、調査結果を、全国医学部長病院長会議の総会にかけて対策などを検討する方針を示した。(m3.com 2014年3月21日)

 パワハラアカハラの違いは明白であるが、そもそも分ける必要はない。教授などの上司・指導教官が研究・教育に関係する現場で、その力関係を利用して行うパワハラアカハラと呼ぶのである。例えば、教授がその権力を利用して「研究費を使わせない」など、大学院生や教員の研究を阻害するパワハラアカハラである。また、研究・教育に携わっていない事務員に退職を強要することはアカハラではなくパワハラということになる。

 過去5年間でパワハラと認定された件数が、日本全国の医学部・医学科でたったの116件、大学病院で156件とのこと。医学部・医学科または大学病院の一機関当たり、ハラスメントは5年間でたったの1.7件((116+156)/160)しか起こっていないという計算になる。医療系と事務系の常勤・非常勤職員を合わせると数百人~千人を超えるかもしれない機関で、どう考えてもこの数字はありえない。「予想以上に多かった」ではなく「予想以上にすごく少なかった」と認識すべきであろう。さらに、相談件数(420+989=1409件)、対応を求めた申立件数(241+260=501件)、ハラスメントの認定件数(116+156=272件)の解離が大きい。

 1409件の相談件数のうち対応を求めたのは501件。約2/3は相談だけで終わってしまったことになる。相談して気持ちが楽になった、あるいは適切なアドバイスをもらって解決した事例があるかもしれないが、「報復が怖い」「人に知られたくない」「相談員が不誠実であった」などの理由で二の足を踏んだ、あるいは退職した事例が多いのではないだろうか?相談もせずに泣き寝入りしているケースは相当に多いだろう。医学部の講座のハラスメントの加害者はほとんどが教授である。講座の中では教授に逆らうことできないので、退職例は多いと思われる。医師は就職先に困らない。看護師も同様だ。いやな職場で我慢することはないのだ。

 対応を求めた申立件数501件に対して、ハラスメントの認定件数は272件。残りの229件、つまり申し立ての半分弱は「ハラスメントはなかった」という訳である。このような理不尽な結果になる理由は二つある。一つは、ハラスメントの調査委員会は加害者側の言い分を信用することが多いことだ。加害者はもちろんハラスメントを否定する。被害者に証拠の提示が無ければ「ハラスメントはなかった」ことになるのである。しかし、ハラスメントの証拠など無いのが一般的である。大学病院ではなく大学について述べると、大学院生や教員は会社のように大部屋に居るわけではない。単独あるいは数名の個室、実験室の片隅に机がある場合もある。教授室はもちろん個室である。ハラスメントは巧妙に行われることが多く、教授室などに呼ばれて何を言われても証人はいないのである。加害者が教授の場合、調査委員会に証人として教室員が呼ばれても、教授と口裏あわせをしたり、嘘の証言をすることは間々ある。毎日録音テープを持ち歩かなければならないというのもしんどい。証拠があっても、「出来が悪いから」「指導の一環である」などど言い訳されて、結局、加害者の無罪が確定ということになる。

 「ハラスメントはなかった」ことになる理由の二つ目は調査委員会の委員長に弁護士が就任することだ。弁護士は報告書を書くことに長けているが、証拠第一主義である。そして、医学部の講座や特殊性を理解していないことが多い。

 「ハラスメントはなかった」とされた229件の救済処置はなされたのだろうか?医学部のことだから「嫌なら辞めてください」ということで、おそらく放置ではなかろうか?被害者に報復処置を行うこともあるだろう。医学部のそれぞれの講座は非常に専門性が高いので、一般の会社のように被害者の配置転換によって解決を図ることは不可能である。従って、被害者の気持ちを尊重して寄り添い、ハラスメントと認定されようとされまいと、解決に向かうように努力することが大学のハラスメント対策の基本である。裁判ではあるまいし「証拠がすべて」では被害者は救済されない。

 「ハラスメントを受けたら逃げればいい」という人がいるが、配置転換できない以上、「逃げる」とは「大学を辞める」ことである。もし大学院生ならば、研究を中途であきらめて高い授業料をドブに捨てることになる。「逃げればいい」という意見は無責任すぎるのだが、残念ながら医学部では適切な選択肢かもしれない。「泣き寝入りは損、裁判を起こすべき」という人もいる。最近はハラスメント裁判で被害者が勝訴する確率が高くなってきた。特に、暴言・暴力によるパワハラやセクハラはかなりいける。セクハラは証拠がなくても大丈夫だ。しかし、それ以外のハラスメントは勝率が低く、万が一勝っても慰謝料は低い。弁護士も引き受けてはくれない。アカハラは頻繁に起こっているのに、訴訟に至る例が少ない理由だ。

 結局、被害者は救済されない。だから、大学はハラスメントの防止に積極的に取り組むべきである。「ハラスメントに神経質になりすぎる。気を使いすぎると研究がやりにくくなる。」と嘆く教授が多いが、職位や社会的地位が高くなり権力を得るほどに、頭を垂れて自身の言動に気をつけなければならないのだ。これができなければ、そもそも大学に残ろうなどと考えてはいけない。

 医学部進学を志している人は希望する大学のホームページをチェックして欲しい。ハラスメント相談や対策が載っていない大学に進学してはいけない。また、ハラスメント相談窓口があっても、学内からしかアクセスできない大学や、ハラスメント相談や対策が1~2頁程度のPDFによる説明しか載せていない大学もダメだ。ハラスメント対策が形だけの大学である。オープンキャンパスで医学部を訪れる際には、校内にハラスメント対策のポスターが掲示してあるかどうかも必ずチェックしてほしい。ポスターが貼っていない大学は要注意である。

 ハラスメントに対する意識が低い大学は、間違いなく教授の権力が強く閉鎖的で男尊女卑である。誰でもハラスメントの被害者になり得るのである。重要な大学選択の基準のとして認識してほしいと思う。

 

理事長vs学長vs医学部長

 医療ミスなどの不祥時が起こったときに、医療事故の3点セット

医療ミスにおける大学病院の対応3点セット - 医学部教員の独り言

に加えて、大学の内部抗争が顕在化することがある。東京女子医大でもプロポフォールによる男児の死亡事故をきっかけに、理事長vs学長の対立が明らかになった。2014年6月11日、学長の笠貫宏氏が、大学の理事長の吉岡俊正氏、理事・評議員・監事・顧問の全員、計約35人に退陣要求を出した。翌12日に、吉岡理事長の了承を得ずに、高桑医学部長や教授など、笠貫氏を支持する計9人が同席して会見を行った。会見で、「医療ミスかどうか」との質問には、笠貫学長は次のように回答した。「医療ミスだと考えている。禁忌薬を使用していたこと、その使用に当たってインフォームド・コンセントを取っていなかったことを含めて、死亡するはずがなかった患者が死亡した場合は、基本的にミスがあったというのが私の考え方。誰の責任かについては、警察の捜査が入っているので、そこで明らかになっていくのだろう」。

 その後、大学理事会は2014年7月に笠貫学長を、8月には高桑医学部長を解任した。笠貫氏の任期は2015年3月までの予定だった。就任直後から、笠貫氏に賛同する教授らと「学長諮問会議」を設け、大学建物の耐震診断やその対応の遅れ、理事会が作成した女子医大のキャンパスの施設計画などの点で、大学のガバナンスを問題視していた。教授会でも、議題に取り上げるなどして、理事会と対立していた。プロポフォール投与事故については、「事の重要性を認識し、記者会見を行い、透明性を確保し、社会的責任を果たすべき」などと訴えてきた。一方で、本事故では、遺族にマスコミから連絡が入るなど、患者情報の漏えいが問題になり、大学で調査を進めていた。笠貫氏自身、会見で遺族の自宅に手紙を送ったことを認めている。 

 理事長は大学の経営・事務の長で、学長は教育・研究の長である。公的な大学法人では理事長=学長だが、女子医大のような私立大学では理事長と学長が異なり、両者が対立することは珍しくはない。裁判にまで発展した事例もある。2013年、北海道の老舗の看護大学である天使大学で、学長らの教職員が不当労働行為などで理事会を訴えた。結果は教職員の勝訴であった。

 では、理事長=学長が良いかというとそうでもない。権力が学長(理事長)一人に集まり、学長が野心家の場合、権力の行使・乱用に走ることがある。看護学部などがおまけで付いている単科に近い医科大学で多く起こる。医師は頑固で偏屈で人の意見に耳を傾けないものが多いが、学長になりたいという医師は、その上に、権力志向や名誉欲が人一倍強い。こういう学長は、医学部の講座を増やし、それらの講座の教授や教室員には学長の講座の者を配置して、勢力の拡大を図ったりする。

 理事長vs学長だけではない、学長(理事長)vs医学部長もある。前者は理事長が、後者は学長の権力が上である。医学部長は学長と比べて、大人しくソフトな感じの人が多い。選任当初は医学部長にやる気と正義感があっても、やがて権力者の学長の言いなりになって、存在感も薄くなってしまう。

 大学で事件や事故が起こった時に、潜在的に存在していた学長(理事長)vs医学部長の対立が明るみに出ることがある。学長(理事長)が気に入らなかった医学部長を解任した事例が、2011年の医学部教授が男子学生を土下座させ頭を踏んだ横浜市立大学の事件である。(医学部はパワハラ天国 2 - 医学部教員の独り言

 

医療ミスにおける大学病院の対応3点セット

  2014年2月21日、東京女子医科大学病院耳鼻咽喉科入院中の2歳10カ月の男児が、嚢胞性リンパ管腫の手術後のICUでの管理中に鎮静薬プロポフォールの大量投与によって死亡した。プロポフォールは、小児麻酔の適応はあるが、小児への集中治療における人工呼吸中の鎮静は禁忌とされている。プロポフォール使用はICU担当の麻酔科医が決定し、体重約12kgの男児に、約70時間の間に約7000mgのプロポフォール(成人の最大投与量の約2.7倍)が投与された。

  遺族に対する病院による説明会は、3月1日、4月19日の2回開かれた。男児の父親は、「3月1日の説明会の時に、『原因究明をして、悪いことがあったなら、謝ってほしい』とお願いした。しかし、電話1本、院長につないでくれない。病院長が『原因究明する、陣頭指揮を執る』、その一言を言ってもらいたかった。しかし、事務職員に電話ができるだけで、『上に伝える』と言うのみ。病院と対立するつもりはない。原因究明してくれればそれでいい」と語っている。

  6月12日、女子医大側は、小児の人工呼吸管理の鎮静を目的としたプロポフォールを使用した症例について調査したことを報告。2009年から2013年の過去5年間で計63人に使用されており、うち12人が投与後、数日から3年程度の間に死亡している。永井院長は、「院内調査をした限りでは、プロポフォールに起因した死亡例はないと思われる。その多くは感染症で死亡している」と説明。

  翌日の6月13日、遺族は病院内の事故調査の中間報告書を撤回するよう要求した。記載内容および事実に基づく検証が「不十分極まりない」ことが理由だ。男児の死亡に至る機序の分析がなされておらず、事実経過の整理も従来の説明と異なっているほか、誤りと思われる事実が記載されているなどの問題点を指摘している。

  その後、第三者調査委員会が設置され、遺族に対する聴取に関して「聴取は30分間で、心情面のみ」との条件を打診していたことが分かった。遺族側は拒否し、調査委員会の対応に反発している。

  そして、2015年2月19日、遺族は同大学の麻酔科医ら5人を傷害致死罪で刑事告訴した。女子医大が2014年7月に遺族に渡した資料の中に、「男児が死亡したICUを管理していた麻酔科がプロポフォールの適応拡大を検討していた」という旨の内部告発の文書があった。男児にはプロポフォールの大量投与が行われたにもかわらず。女子医大が設置した第三者調査委員会が2015年2月にまとめた報告書には、鎮静薬としてプロポフォールを選んだ理由や、大量投与の理由が書かれていないという。(m3.comより抜粋) 

  今回のプロポフォールの件が、今後どうような展開になるかわからないが、医療ミスが起こったときに、大学病院の対応は以下の3点セットで行われることが多い。

  1. 口裏合わせ
  2. 特定の医師への責任転嫁
  3. 医療ミスはなるべく無かった事にする調査委員会

 かなり昔になるが、1968年に札幌医科大学第二外科(胸部外科)で日本初の心臓移植が行われた。しかし、移植患者の心臓は移植が必要なほど重症ではなく、ドナーは脳死ではなかった、という疑いが濃厚であった。和田(教授)は殺人容疑で告発された。第二外科の医局員は口裏合わせを行い、責任は胃がんで死亡した研究生に転嫁された。医学界や学会は和田をかばい、検察が3人の医学会の権威に依頼した医学鑑定書はあいまいなものだった。証拠隠滅と口裏合わせをし、閉鎖的で権威的な医学部に阻まれて検察は苦労し、結局、和田は不起訴となった。和田は、この事件以降も9年間教授として札幌医大に在籍した。その後は、奇しくも女子医大に招かれ、定年退職した。詳しくは(北海道で2例目の心臓移植が行われた。日本初の心臓移植「和田移植」の46年後であった http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/01/12/222141)を読んでいただきたい。

 女子医大は、 2001年にも心房中隔欠損症の12歳の女児に対する過失傷害致死事件を起こしている。大学はいい加減な調査を行い、ある医師に責任を押し付けた、医師は業務上過失致死という重い罪に問われ、逮捕・起訴された。裁判の結果、無罪が確定したが、起訴されてから6年以上たってからのことである。(東京女子医大の業務上過失致死事件のもう一人の犠牲者 http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/01/13/155558

医学部の面接試験

 大学の入学試験の面接の時期が近づいている。以前に「医学部の威圧的な教員」(http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/03/02/220649)で書いたように、人を人と思わぬ“残念な”面接官がいる。受験生に対して威張ったりバカにしたりする面接官が、少数派だが医学部には存在するのである。面接官は教授以外に准教授や講師もいるが、威張って残念なのは大抵が教授である。教授は偉いので何を言ってもいいと思い込んでいるようだ。最近は、面接の後に受験生にアンケートを行って、面接試験の改善に取り組んでいる医学部も増えている。

 面接試験は筆記試験の補助的な役割を果たしているにすぎない。筆記試験の点数が高い受験生の中で、「将来の医師としての資質」に欠けている者を選別しているのが面接試験である。面接官は面接時に入学試験の点数を知らないので、成績に影響されることなく選別している。筆記試験の点数が高い受験生は面接の態度も大抵は良い、だからほとんど合格する。点数が高いのに面接が非常に悪かったごく少数の受験生が落ちて、点数が合否ギリギリで面接が良かった受験生が運良く合格することになる。だから、合否ギリギリの受験生は面接が大事である。

 「将来の医師としての資質」だが、確か大学の面接マニュアルにその資質が書いてあった。人間的に良いとか、思いやりがあるとか、まじめであるとか、そんな感じだ。面接試験で受験生の「その資質」を見抜くのは非常に難しい。なので、面接試験の判定は「良い~普通」か「悪い」のどちらかになる。

 医学部の受験生の特徴は浪人生が多いことだ。1浪~2浪は当たり前、5浪以上もいる。面接時の質問は大体決まっているので、慣れて流暢に話す浪人生が多い。「医学部を志望した動機」「この大学を選んだ理由」「どうような医師を目指しているか」「得意な科目、不得意な科目」etc. でも、現役の受験生はなかなかそうはいかない。予め想定した質問に対して丸暗記していた答えを忘れて、途中でフリーズしてしまう学生。勉強ばかりしてニュースも見ないため、世の中で起こっている出来事について感想を求められても何も答えられない学生。何も答えないというのは非常に印象が悪い。どんな答えでもいいから、うまく話せなくてもいいから、正直に自分の言葉で答えて欲しい。

 面接で一番大事なことは第一印象が良いこと。はっきり言って顔である。イケメンとかカワイイとかではない。頭が良さそうな顔をしているか、誠実そうか、真面目そうか、正直そうか、である。歯並びもきれいなほうが良い。歯並びが悪いと頭が悪く見える。

 面接で上手に話せなくても悲観する必要はない。答えをすらすらと丸暗記して話すより、自分の言葉で率直に話す受験生の方が印象は良いのである。

 

 

 

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群馬大学医学部の事件

  群馬大学医学部が問題を起こしている。群馬大病院第二外科(消化器外科)で、2011~14年に行われた肝臓の腹腔鏡手術55例中8人の患者が術後4か月以内に死亡していた。また、開腹手術でも患者84人のうち、60~80歳代の男女10人が術後3か月以内に敗血症肝不全などで死亡していた。いずれも執刀は同じ40歳代の男性助教であった。術前術後のディスカッションや死亡症例検討会を一度も開いておらず、責任者である教授は患者死亡の詳細を把握していなかった。別の医師のミスだが、第一外科で十二指腸の腫瘍を摘出する手術を受けた50代の男性患者が術後に容体が悪化して2014年2月に死亡し、群馬大病院はミスがあったと認め、遺族に謝罪している。

  医療ミスを繰り返す医師をリピーター医師というが、第二外科の40代の医師はまさにそれだ。医師としての適性を欠く人間が間違って医師になってしまったわけだが、残念ながら、このような医師は決して珍しい存在ではない。むしろ問題なのは、講座のスタッフが死亡例の多いことを把握していながらこの医師を放置していたことと、責任者である教授が患者の死亡の詳細を知らなかったことだ。

  大学の体質なのだろうか、群馬大学医学部は他にも問題を起こしている。2014年11月20日、分子予防医学講座の40代の男性教授が5人の職員にパワーハラスメントをしたとして懲戒解雇処分となった。これに対して、この教授は解雇が不当だとして大学を提訴した。日経メディカルニュースによると、その概要は以下の通りである。

  群馬大学は2014年11月、継続的にパワーハラスメントを行ったとして、医学系研究科のA教授を懲戒解雇した。だが、教授は解雇処分は不当だとして大学を提訴。本誌の取材に対し、「研究者の常識の範囲の指導だった」と説明した.

  群馬大によると、A氏は講師2人、助教3人に対して退職や休日出勤を強要したり、業務上必要な範囲を超える叱責や暴言を繰り返していた。5人のうち2人は既に群馬大を退職し、別の大学に勤務している.

  関係者への取材によると、A氏は講師らに対し、他の研究機関の求人への応募を指示して退職を迫ったり、「月曜に作業を進めたいなら土日に準備が必要だ」と言って休日出勤を強要した。深夜まで4時間以上にわたり、机を叩きながら大声で叱責したことも複数回あったという。こうした言動により、複数の研究者が抑うつ状態となったり体調不良を訴え、休まざるを得ない状況に陥った。教室に所属していた元部下の研究者は、「『期限までに論文を出せなければ辞職する』との誓約書を書くよう頻繁に求められた。ここでは到底、研究を続けられないと思った」と話す。

  A氏は2012年1月に群馬大教授に就任。その直後から、同大のハラスメント相談員にパワハラ行為に関する相談が寄せられた。群馬大によると、2012年1~3月に医学系研究科長が3回にわたって注意・指導したが、改善が見られなかったという。このため大学は関係者などへの事情聴取を行い、諭旨解雇処分を決定。「(A氏が)退職願を提出しなかったため、懲戒解雇処分とした」A氏によれば、群馬大から諭旨解雇処分を告げられた際、応諾書または応諾拒否書へのサインを求められた。これらの文書をいったん持ち帰って検討したいと告げたところ、応諾拒否と見なされ、その日のうちに懲戒解雇となったという。A氏は諭旨解雇と懲戒解雇のいずれも不当・違法であるとして、地位の確認と賃金支払いを求めて群馬大を提訴した。

   新教授が赴任した際に、講座のスタッフに退職を求めることは医学部ではよくあることだ。教授の都合による退職の強要は職権乱用でハラスメントに相当するが、以前にも書いたように医学部はパワハラには寛容である。医学部でパワハラが理由の解雇処分は非常に珍しい。ハラスメントの内容が悪質であったことと被害者が複数であったことが厳しい処分の理由であろう。

 私はハラスメントに対する群馬大学の対応に疑問を感じる。2012年1月からハラスメント相談員に相談が寄せられたにも関わらず、調査委員会を設置せず、医学系研究科長が注意しただけである。こんなパワハラを行う医学部の教授が、研究科長の注意だけで反省し言動を改めることはあり得ない。公に懲戒処分がなされないのだから平気である。そして、2年半も経ってからの2014年11月に懲戒解雇となった。その間に、スタッフが病気になったり退職したりしている。大学は2年半も何をやっていたのだろう、というよりも、なぜ何もしなかったのだろう?なぜ迅速に対応しなかったのだろう?

 医学部のハラスメント対策は実にお粗末である。教授のハラスメントは無かったことにしたい。パワハラしてこそ一人前の医学部の教授になれるのである。(http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/03/21/224419

 ところで、A教授は分子予防医学講座の教授であった。予防医学とは病気の原因を分析し病気の予防方法を探る学問である。個人ではなく集団を研究対象としており、臨床医学基礎医学の中間に位置している。社会医学、公衆衛生学、衛生学、保健衛生学など、大学によって講座の名称が異なる。教授はほとんど医師だが、医療行為を行うことはないので教授以外のスタッフは医師ではないことが多い。これが原因なのか、それともこの分野の教授に異常な人間が多いのか、奈良県立医科大学http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/03/24/160243)や大阪大学医学部(http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/08/03/212554http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/08/17/212232)の例のように、ハラスメントは予防医学分野の講座で目立っている。私が知っているある大学の公衆衛生学の教授もパワハラをしている、しかも軽度の双極性障害躁うつ病)があり、やっぱりおかしな人間が多いような感じがする。

 


 

医師派遣打ち切りという伝家の宝刀(2)

(前回から続く http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/11/24/210920

 近年、医局という封建社会が崩壊して、特に地方の病院は医局人事と関係なく医師を採用できるようになったと言われるが、医局制度はちっとも崩壊していない。麻酔科に限らず、地方自治体へ医師を派遣する医局側の態度には「派遣してやっている」という意識が現れる。地方自治体は医師派遣をお願いしている側であるから、医局が上で自治体が下という上下関係が生じてしまう。しかも、自治体が医局という封建社会(教授を頂点としたピラミッド型の主従関係で、教授の権威と名誉のために医局員が仕える社会)や医者の世界には派閥があるということを理解していないことが多いので、教授が満足しない条件の提示や振る舞いをしてしまうことがある。例えば、「派遣元の医局と対立する医局あるいは他大学の出身者を病院長に選任して、派遣元の教授のご機嫌を損ねる」などである。しかし、医学部は特殊な組織であり、自治体職員が医局を理解できなくて当然である。

 地方自治体が破格の給与を提示したり、医局へ相当な経済的援助を行えば、医局側も人手不足でもなんとかして医師を派遣しようと努力するかもしれない。自治体も病院を維持するために必死だが、税金で運営されている以上、非常識に高額な給与を支払うことはできない。そうでなくても地方の病院は人件費が経営を圧迫し赤字で苦しんでいるところが多い。一般的に医療系職種の給与は高い。特に医師の給与は高く、医師が1人退職すると病院は黒字に転換すると揶揄されるほどだ。

 医師不足を理由に病院を閉鎖するわけにはいかない。そこで、医師派遣への見返りとして、自治体は医局へ年間数十万~数百万の謝礼金を提供していたことがある。北海道えりも町では札幌医科大学救急集中治療部へ2年間で8,400万円もの資金提供を行っていた。(読売新聞 2003年8月29日)もちろん医師派遣の便宜を計ってもらうのが目的であるが、自治体の財政が豊かではない状況の中で大きな負担である。さらに、自治体は定期的に医局員の接待も行っていた。札幌医大は北海道立の公的な大学であり(現在は公立大学法人)、道民の多額の税金が投入されている。その建学の精神には「医学・医療の攻究と地域医療への貢献」、大学の理念には「道民の皆様に対する医療サービスの向上に邁進します」と書いてある。どうような状況であれ、積極的に医師派遣を行い地域医療に関わっていくのが、公的な医科大学の使命のはずなのだが。

  医師不足で地域医療に貢献できないなら、医学部は積極的に医師増員に向かって進まなければならないのだが、医学部新設には大反対である。

医師派遣打ち切りという伝家の宝刀(1)

  大学(医局)が地方自治体への医師派遣を打ち切るという事態が今までに数多く起っている。医師不足による過重労働と給与面での待遇について、派遣先である病院側との折り合いがつかなかった場合に、派遣元である医局が医師派遣を打ち切るという形で起ることが多い。臨床研修医制度の始まった2004年度からこのような派遣打ち切りが頻発した。

  2006年3月~9月、北海道江別市立病院では、北大第一内科から派遣されていた内科医12名が次々と退職して常勤内科医がゼロになり、内科病棟は10月に閉鎖となった。医師の過酷な労働と高くはない賃金がその理由である。江別市立病院は札幌医科大学に医師派遣を要請したが、札幌医大の回答は「常勤医の派遣は困難」というものであった。さらに、2人いる産婦人科の常勤医のうち1人が年末までに辞職、残る1人も北大が派遣を打ち切ることにしたため2010年春で辞職した。(北海道新聞 2006年9月20日)その後、江別市立病院は2007年4月に赴任した阿部昌彦副院長のもとで総合内科を中心に再建され、2009年には産婦人科も再開されている。

 最近の事例では、北海道の苫小牧市立病院の麻酔科で、2012年3月をもって麻酔科常勤医3名が退職し、4月からの常勤の医師が不在になるという事態が起った。4月以降はなんとか常勤医1名を確保しているが、病院のホームページでは「麻酔科の外来診療は当分の間休診とし、不急の手術の延期や、当院の受け入れが難しい救急の患者さんを他院へ転送させていただく場合などがございます」との案内が掲示されていた。苫小牧市立病院と札幌医大麻酔科との間には医療事故の事後処理をめぐってトラブルがあり、札幌医大が苫小牧市に不信感を募らせていたことで、医師一斉引き上げという強硬手段に出た。苫小牧市長は札幌医大が派遣引き揚げの方針を示したことについて、医師不足のほか、一昨年6月の医療事故に対する「病院の対応も影響している」と説明。十分な事故解明を行わず、麻酔による事故として議会報告したことについて「麻酔科医師、大学医局関係者に大変不快な思いをさせ、心からおわびしたい」と不適切な対応を陳謝した。麻酔科医が病院から離れていくことにつながる可能性は十分にあり得た」との認識を示した。(苫小牧民報  2012年 3月2日)

 医療事故に対する不適切な対応とは、2010年5月に人工関節置換手術を受けた患者に術後発生した障害に対して、院内の情報共有や検証が不十分なまま、「麻酔による事故」として病院が市議会に報告したことである。その後の市立病院事故調査検討委員会で、事故原因については「時間が経過し、特定は困難との結論に至った」と報告された。

 さらに、札幌医大麻酔科は、浦河赤十字病院と国立函館病院の常勤麻酔医の派遣と、市立赤平病院と市立三笠病院の非常勤麻酔科医の派遣の打ち切りも決定した。(北海道新聞 2012年3月2日)

 同じく北海道で、旭川医科大学の麻酔科も、2012年3月末をめどに、釧路赤十字病院と市立根室病院での常勤麻酔科医の派遣を打ち切った。(釧路新聞 2012年3月7日)北海道は、北海道大学医学部、札幌医科大学旭川医科大学の3つの医学部が存在するが、医師の地域偏在が大きい都道府県のひとつであり、各自治体は医師の確保に非常に苦労している。北海道は面積が広いため過疎地が多く散在しており、冬の厳しい気候も障害となって、全国で無医地区が一番多い。 

  麻酔科は女性に人気の専門分野で、どの大学でも女医の割合が高い。札幌医大麻酔科では、在籍する40人の医師のうち、女性が4割を占め、その内6人が産休に入ったことも派遣引き上げの理由だと説明している。厚生労働省の報告では、30~40代の男性医師の就業率が90%を超えているのに対して、女医の就業率は80%前後である。(医師を取り巻く現状等について 第1回 今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会 平成20年 厚生労働省医政局)女医の就業形態がフルタイムかどうかは不明であるが、男性と全く同じとは考えられなので、女性の多い診療科の人手不足は十分理解はできるのだが・・・

(次回へ続く http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/11/29/222240

医師 vs 歯科医師(2) (歯科医師は歯だけを診ればよい?)

(前回から続く http://smedpi.hatenablog.com/entry/2014/09/15/220004)    

 現在は、歯科医師の身分が安定し、供給過剰によって歯科医師の社会的地位や収入などが低下していることもあり、医師にとって歯科医師の存在は眼中にないが、多少の対立は続いている。平成になってからも、「歯科口腔外科」の標榜科の対立があった。標榜科とは、病院や診療所が外部に広告できる診療科名のことである。口腔外科とは抜歯など口腔内の外科手術を専門に行う診療科だが、「口腔」の範囲に関して医師(特に耳鼻科医と形成外科医)と非常に揉めたのである。口の中の構造すべてを「口腔」としたい歯科医師と、「口腔」の範囲をできる限り狭めたい医師の対立である。昭和7年の歯科医師法第4次改正で、歯学部や医学部の付属病院では「口腔外科」の標榜が認められたが、一般の歯科医院での標榜は平成に入っても認められていなかった。平成8年の厚生省(現厚生労働省)の「歯科口腔外科に関する検討会」で、「口腔」の範囲を歯科医師がぎりぎり許容できる範囲まで狭めて、医師との折り合いをつけた。この会議は非常に紛糾した。歯科口腔外科を標榜することによって既得権益を犯されること恐れた医師の抵抗は尋常ではなく、歯科医師に対する恫喝はすごかった。怒声が飛び交った。医師は、耳下腺(頬の内側にある唾液腺で、さらさらした唾液を頬部の粘膜にある開口部から出している)や軟口蓋(上顎の奥の部位)さらには舌根部(舌の後ろ約1/)を口腔ではないと主張した。口腔ではないのでこれらの部位を歯科医師が外科手術を行うことはできないとしたのである。しかし、この主張には無理がある。解剖学的にも生理学的にも「口腔」は軟口蓋・舌根部・耳下腺を含む。さらに医師は、口腔内に発生した癌や口腔から顔面に及ぶ先天性異常も歯科医行為の範囲ではないと主張した。しかし、歯科医師はこれらの領域については医師よりも詳しく学んでいる。結局、標榜診療科としての歯科口腔外科の診療領域の対象に軟口蓋は含まれたが、舌根部と耳下腺は除外された。そして、歯科口腔外科の診療の対象は口腔における歯科疾患が対象で、悪性腫瘍の治療、口腔領域以外の組織を用いた口腔の部分への移植、その他、治療上全身的管理を要する患者の治療に当たっては、治療に当たる歯科医師は適切に医師と連携をとる必要がある、と釘を刺された形でとりまとめられた。つまり、医師の言い分は、すべての外科手術は医療行為なので、医師ではない歯科医師が行ってはいけない、歯科医師は歯だけいじっていればよいというわけだ。

 看護師や薬剤師などの他の医療系職種に比べて、医師の歯科医師いじめは異常である。歯科医師が医師のテリトリーを犯しているからという理由だけではない。まず、一般社会で歯科医師が医師の範疇に入るのが我慢ならない、医師は頭が良く誰からも尊敬される名誉と権威のある職業なので、このような特権階級は世の中ではなるべく少ない方が良い。看護師や薬剤師などは医師の指示のもとで仕事をするので、医師が上で看護師らは下という上下関係が自然と成り立っている。医師の名誉を脅かすことはない。それに対して、歯科医師は日常の診療に医師の指示は必要なく、医師と同じく診療所を開設し治療を行うことができる。医師の収入を上回っていた時代もある。医療系職種の中で、医師の特権を脅かす唯一の職種なのである。しかも、歯科医師過剰の現状は医師の将来を映す鏡かもしれない。気になるけれども気にくわない存在が歯科医師である。